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この先に見えるもの

教育関係で社会人ひよっこ。ツルツルのたまごが思う日々のこと。

先生という意識

思うこと 教育関係

私には先生という意識が圧倒的に足りないと思います。

 

でも先生でいようという意思はあるのです。

 

校門に入るとスイッチが入ります。

しかし、準備室で一息つくと怖気づいてしまいます。

職員室で用事をするときも緊張しっぱなしです。

授業が始まる直前はいつも迷いが多く吐きそうです。

 

でも授業の直前にまたスイッチが入ります。

 

授業中は先生という形になりきります。

だって私は先生だもの。

 

うまく行ったときも、そうじゃなかったときも、楽しくなって、テンションが高くなります。

 

授業終わりの片付けの時間、作品を提出しに来た生徒との感想の共有は刺激でもあり、癒しでもあります。

 

教室を出る生徒を見送りながら、授業を反芻する時間が楽しみです。

 

しかし、一息ついて、出欠入力をし、片付けをしているとき、いつもプツンと糸が切れたように目の前が真っ白になります。

 

去年よりも授業は充実しているし、疲れは少ないはずなのに、毎回必ず意識が遠のきます。

 

どうしてだろう。

それは、きっと心の何処かで無理をしているからだと思います。

 

しんどいとか、そういうことではなくて。

 

現に、放課後や休み時間、生徒個人との関わりの時間はいくらあっても元気です。

部活終わりも割と元気でいれます。

 

向いてないと思うこともあるけれど、嫌だと思うことは少ない。

 

ピンと張った私の授業に対する精神が、不安定な立場と不安を払拭してくれています。

 

そしてその反動で余計不安に襲われたりもします。

 

要は余裕なんかないけど今充実してるってことです。