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この先に見えるもの

教育関係で社会人ひよっこ。ツルツルのたまごが思う日々のこと。

「普通学級」とかの「普通」を違和感なく使う人に違和感

ちょっとだけ思うところがあるので吐き出します。

 

私は「普通学級」「普通の生徒」の「普通」が全然わからない。

 

何をもって普通?

 

手足を自由に使えるからか。

不自由なく言語を操れるからか。

標準を満たす学力がある程度あるからか。

友達作りに苦労せず、スムーズな人間関係を築くことができるからか。

行事に積極的に参加できるからか。

いい大学に行く、いい就職先に就く見込みああるからか。

 

上記に挙げたものが満たされていない人たちが「普通」ではないのか。

 

じゃあ、

何不自由なく生きている人たちが集まって、

 

授業が成り立たないほど集中できていないクラスは?

担任のいうことなど聞く耳を持たない無法地帯のクラスは?

おとなしい顔をして、教室の隅で不道徳な発言をする生徒は?

表立っていじめのあるクラスは?

SNSで罵り合いが繰り広げられている人間関係は?

死にたいほど居心地の悪い思いをしている生徒がいるクラスは?

担任や授業担当者に思いを伝えるすべがなく、何の意思の疎通もできていない生徒は?

 

学級運営が上手くいっていると高をくくっている先生は?

自分の授業は特別だと思い込んでいる先生は?

教室を掌握することに悦を感じている先生は?

 

自分の意思を持たずに組織に属す者たちは?

 

 

学校内はもちろん、世界中がたくさんの視点からみる「普通じゃない」にあふれている。

そんな中で、教育を志して歩んできた人がマイノリティーを何の戸惑いもなく非難し、自分は「普通」でよかったといわんばかりのあの会議。

 

一体私は何を聞かされていたのだろうか。

 

 

こういう人たちばかりではないとわかって入るけれど、とてつもなく怒りがあふれて心が悲しくなった。

 

世の中は、「異常」だらけ。

 

「普通」が価値観の物差しになっているあなたたちこそ「異常」だ。

 

そして、その発言や空気にものを申せない自分も「異常」だ。